明日もまた食べて笑って...

日々のできごとを綴ります。

庭仕事|自分の借金ではないのに

昨日も晴れて暖かかったので、庭仕事をしました。

我が家の姫こぶしは木が大きくなっているのに、咲く花はほんの少しです。

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てっぺんと、下の方にこれしか蕾がありません。

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昨日2つ同時に咲いたミニチューリップ。待ってました!

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ハナニラが咲き始めました。

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クロッカス、ムスカリ、ヒヤシンス、ギョリュウバイも咲いています。

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東日本大震災の時、いわき市の叔母(母の妹)の家が浸水のため住めなくなり、しばらくの間、叔母の息子(私のいとこ)の家に一緒にいました。でも、息子の嫁さんに意地悪をされるとかで、一人アパートで暮らし始めました。

息子は若い時からお金にルーズで借金だらけで、叔母は息子のために貯金もすべて使い果たし、掛けていた保険も解約してお金を工面し、年金だけの暮らしになってもさらに二万円、三万円とせびられ、苦労させられました。なのに叔母は息子に甘く「息子は優しくていつも嫁に隠れて心配してくれてる」と言っていました。

調子の良い息子で、あの優しさはぜったい口ばかりだと私は知っていました。

その息子のせいで生活に困り私に助けを求めてくる叔母に、私は度々援助しなければなりませんでした。35年もの間、お金、食品、時には「寒いけど買えない」と言う暖房器具なども送り、お正月の餅も毎年年末に必ず買って送りました。

姉が自殺した3ヶ月前の同じ日、アメリカの甥から電話で姉の死の連絡があった直後に、叔母がアパートで亡くなっていたとその息子から電話が入り、あっちもこっちもで頭が混乱しました。

叔母がいなくなると、いとこが頼る身内は私だけになります。混乱しながらもとっさに「お姉ちゃんがたったいま自殺しちゃったし、私も病気で入院することになってるし、葬式に行ける体力はもうない」と嘘をついてしまいました。

葬式に行けないのは姉の所も一緒でしたが「もう私は病気で死にそうなので頼りにならない」と言うことにしたかったのです。

叔母には悪いですが、生きている時に散々尽くしてしてきたので許してくれると思います。

私の父もお金にはルーズで、私が嫁いでからも父の借金を助け、情けなさに良く泣きました。父亡き後も叔母を助けて来たのですが、もういとこまでは面倒見切れません。
私は借金など全くしていないのにもうこれ以上払いたくないです。

東日本大震災から10年。テレビからはその日の悲惨な映像も流れているのではと思います。

いとこは、そんな大きな災害でも助かって、現在健康な50代半ば。老後のこともちゃんと自分で考えて、しっかりと生きて欲しいです。

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コロ助の若い頃の写真です。

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以前この写真を使って郵便局のサイトで切手を作りました。もう1枚しか残ってませんが。

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朝起きたら昨日の記事が、にほんブログ村の注目記事で総合4位になっていて嬉しかったです。読んで下さってありがとうございました。